文学とは何か 様々な視点

 

・はじめに

「文学」とは何かについて様々な議論がなされてきました。

そして, 「文学」という定義は未だなされていないのが, 現状です。

では, 文学家, 文学評論化, 小説家がどのように「文学」というものを見ているのか, ご紹介していきます。

―今回の引用:論文から (以下に記載) 

・「文学とは何を伝えるのか」

まず, 「『文学』は何を伝えるのか」の中では,

―引用:万沢正美 (不明) 「『文学』は何を伝えるのか」

 

次のような引用がされています。

 

Ch.Morris の言うsemiosisの3つ次元

「文学」とは, 何を伝えようとするものなのか (意味論的アスペクト)

 

「文学」は, それを如何に伝えようとするのか (言語実用論的なアスペクト), そして, 「文学」の「何を」は, その「如何に」をどのように規定しているのか。

 

「文学」の「何を」と「如何に」は, どのような言語現象としてテクストの中に沈殿しているのか (統治論的なアスペクト)

 

つまり, 文学というものは, 一体何を伝えようとしているのかという意味論的側面。

どのように文学を伝えるのかという言語実用論的側面。

テクストの中にどのような現象が起きることを指すのかという統治論的側面。

があると述べています。

 

読者にどんな経験をもたらすのかというもの。

事件や事故, 人の欲望や人の愚かさなど, 文学を通して, どう経験させうるものなのか。

 

読者にどのように伝えるのかというもの。

文学は, 小説だけではありません。昔の人なら石や建物に絵や文字を書いて経験を残しましたし, ナスカの地上絵が解読されうるのならば, それは文学かもしれません。

 

テクストの中にどのような現象が起きうるのかというもの。

言語表現がどのような形や表現であれば伝えるのか。読者に訴えかけるものなのか, 自分の物語だと共感でき売るものなのか。

 

そして, 万沢 (不明) は, さらに次のように定義づけようと試みています。

 

「文学」とは, 直接的には言えないことを, 何らかの形で――即ち, 間接的に――伝達しようとする試みだと言っているのである。

 

・「文学とは何か」

次に, 大山 (2008) の「文学とは何か」

―引用:大山一郎 (2008) 「文学とは何か」高岡法科大学紀要 第19号 p.232-262

の中で引用されている「文学とは何か」を紹介したい。

 

テリー・イーグルトン

文学というものは存在しない

 

 文学というものは, その定義というよりも, そもそも存在などしないという主張です。

一方では, 読者が存在するものであれば, 「文学」と呼ぶという意見もあります。

 

ルネ・ウェレックとオースティン・ウォーレン

「文学」”literature” という言葉は, この語を文学という芸術, 即ち, 想像を中心とする文学に限定するときに, 最もよい言葉のように見える。

 

「文学とは何か」の定義とは少し異なりますが, つまり, 文学を1つの学問として見ることよりかは, 1つの想像したもの, 即ち, 芸術であると見たとき, とても良い言葉だと思うということです。

 

ジョナサン・カラー

文学作品が共有する本質が, 何か顕著な特徴があるのか?これは難しい質問である。理論家たちはこの問いに取り組んできたが, しかし注目に値する成功を収めていない。

 

「文学とは何か」の中で, その共通する特徴を見出そうとしたとき, 理論家の意見は長目できるものではないという意見です。

 つまり, その共通する特徴を見出すことはとても困難なことであると言いたいわけです。

 

夏目漱石

書かれたもの」のなかにも文学がある

文学とは何だといわれた時は即ち文学上の制作物, 作品その物を指すに違いなかろう

 

日本文学の有名人夏目漱石の言葉。

彼が言いたいのは, 文学というのは, 書かれたものの中にこそ存在するものであって, 敷いては, 文学が存在する作品そのものを文学と呼ぶのだ, ということです。

少し難しい表現だなと感じましたが, 文学が身近なものであると感じさせます。

 

Theodore Hunt

文学とは想像・感情及び趣味を通して, 一般人にわかりやすく, かつ興味あるように, 思想を非専門的形式で書き現したものである。

 

文学は自由なものです。文学とは, 想像や感情, 趣味によって構成されるのであって, 専門的なものではないと言っているのです。

 

加藤周一

文学とは作者がその体験を語るものです。

 

 文学とは, 作者の感情体験, 実体験などそれを語るものを指すということです。

余談ですが, 宮崎駿監督が, この想像と体験が離れていっている作家がいると言ったように, とても大切な言葉のように感じます。

 

アントワーヌ・コンパニョン

文学の本質などは存在せず, 文学は, 異質な要素からなる, 変幻きわまりない現実だ。

 

難しい表現ですが, 上記の共通した特徴は見つからないという言葉に重なる気がします。

また, 文学とは非現実的な世界が描かれていることが多いです。その非現実的なものを変幻きわまりない現実だと言いたいわけなんです。

 

阿部秋生「文学と哲学の違い」

文学は, 人間存在の実装を諦観し, 開顕することがあるが, その時にも, それを, 哲学の如く, 概念的認識の結果としての「思想」という抽象的普遍性によって示すのではなく, 「生」そのものの具象的個別化において象徴的に表現するものであり。

 

 最後は, 哲学との違いについて紹介しました。私には難しくて, まだ理解できない事柄ではありますが, ご紹介しました。

 最後の文, 具象的個別化において象徴的に表現するものであり, という文章は, 上記の「『文学』とは, 直接的には言えないことを, 何らかの形で――即ち, 間接的に――伝達しようとする試みだと言っているのである。」と共通しているところがあるように感じました。

 

・おまけ

村上春樹 (2015) 「職業としての小説家」から

スイッチ・パブリッシング

p.22

小説家とは, 不必要なことをあえて必要とする人種である。

 

村上春樹のストイックさがうかがえます。

 

・おわりに

今回は, 論文の引用を用いて, 世界の文学家たちが「文学」をどのように捉えているのか紹介しました。

 

これからも, 「文学とは何か」について, 絶えず, 論文や本などで勉強し, ここにアウトプットしていきたいと思います。

 

今回はそのさわりのようなものです。

 

<文献引用>

万沢正美 (不明) 「『文学』は何を伝えるのか」

・大山一郎 (2008) 「文学とは何か」高岡法科大学紀要 第19号 p.232-262

・村上春樹 (2015) 「職業としての小説家」スイッチ・パブリッシング

<画像引用>

<a href=”https://pixabay.com/ja/users/cocoparisienne-127419/?utm_source=link-attribution&amp;utm_medium=referral&amp;utm_campaign=image&amp;utm_content=1362879″>cocoparisienne</a>による<a href=”https://pixabay.com/ja/?utm_source=link-attribution&amp;utm_medium=referral&amp;utm_campaign=image&amp;utm_content=1362879″>Pixabay</a>からの画像